74回目の「終戦の日」

15日は、新しい時代、令和になって初めての終戦の日。そして世界の平和を願い、考える日でもある。今年は招かざる超大型台風10号が西日本を襲来した。

国民310万人を超える犠牲者を出したあの戦争。一体、人間が人間の心を奪う戦争がなぜ、何のために起きたのか。そして何のために戦ったのか。人類を救う戦争放棄(不戦)の憲法は、これからどうなるのか。戦争と平和を様々に考える日である。

戦後生まれの天皇が、戦没者追悼式で、時代の変化を踏まえて、どのような追悼の言葉を述べられるか、大いに注目と関心があった。(天皇陛下のお言葉の全文を後掲しておく。)

天皇の言葉は、代変わりしても変わることがなく、かけがえのない尊いいのちを失った数多くの遺族を思い、世界平和を願うもので、新しい時代の世界平和の重要性を再確認するものであった。

未だに沖縄の米軍基地問題が県民の意に反して解決できていない。「自国第一主義」は、弱肉強食を強要する。忌まわしい過去を反省し憲法を尊重する言葉は、衆参両院議長の言葉からもあった。が、肝心な安倍首相は、世界に誇る不戦憲法を改正しようとしている。国民をどこに連れて行こうとしているのだろうか?


世界では今、トランプ大統領に代表される「自国第一主義」が強まっている。統合を目指したヨーロッパでは、イギリスのEU離脱、中国は独裁強権で南シナ海を軍事化し、ロシヤは武力によるクリミヤ併合、隣国韓国は政治・経済の関係悪化など、日本を取り巻く環境が大きく変化し続けている。

こうした環境だからこそ、針路を間違わない政治が求められる。そのためには真実の情報が重要なのだが、政治家や財務省など、官庁や公務員に事実を隠そうとする姿が見え、向き合うべき事実と的確に向き合えるか、疑念が生まれる。

「戦争は、絶対悪」。戦争はいかなる理由でも否定されなければならない。多様化し、ナショナリズムやポピュリズムが強まる傾向の難しい時代には、外交の重要性が一段と強まる。信頼できる正確な真実に基づく的確な分析により、少しでも間違わない外交が戦争を起こさないために最重要だ。

被爆国で不戦憲法を持つ日本が世界平和に果たす役割は大きい。積極的平和外交は、自国第一主義ではなく他国間協調主義でこそだ。日本政府の役割は、軍縮を進め、永遠の平和を維持する「戦争放棄」を理想とする国際協調を前進させることだ。

人類が滅亡しないよう、より一層、自由と民主主義に徹し、人間が人間としての生涯を終えることができる平和の流れをつくりたいものだ。

IMG_0850.JPG天皇陛下おことば全文
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

終戦以来74年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。

戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

参院選も最終盤

7月とは思えない梅雨空の鬱陶しい毎日で、夏野菜の不出来が続いている。参院選が7月4日に告示され、21日投開票で行われる。選挙は政治離れで最終盤になっても全く盛り上がりに欠けている。

一言で政治離れと言うが、国民の政治離れよりも政治家の国民離れの方が大きい。政治家同士に論争のない選挙では、選択肢を考えようがなく、盛り上がりに欠けて当然。政治への関心や参加への現状を変えない限り、投票率は今後も下がり続けるのではないか。

特に安倍首相の政治姿勢には、丁寧に説明すると言いながら、自らは正面からの論争を避け、すり替えや無視、聞いてもいないことを延々と独演するのでは、一国の首相として国民をまとめ上げるよりも分断が進む。首相の政治姿勢が問題あることに気付いてほしいが、党内に誰も意見する人がいない。

挙句には、前政権である「民主党政権を悪夢のような」と批判し、異なる意見は、直ぐに反応し頭から否定する。少数意見や異なる意見を尊重してこそ民主主義が成り立つことを議論しても意味がないような一強を笠に着た上から目線の政治姿勢で、何かと前政権や異なる意見を攻撃する。

国権の最高機関である国会、言論の府である国会が何をしているのかがわからないくらい安倍首相の独裁が目立つ。公文書の改ざんや不都合のことを隠していたのでは、国会がまともに機能するはずがない。不信は不信を生むことがわかっていないようだ。

与野党の議論が成り立たないまま老後2千万円問題が、参院選の大きな争点にもなっている。金融担当の麻生財務大臣が諮問した金融庁報告書の受け取りを拒否した不可解な不信感が国民の不安をあおる結果になることは想定外だったのだろう。このことでも政治不信が広がった。

安倍首相は、国民生活の現状や自らの国会軽視を踏まえず、「議論する候補者や政党を選ぶのか、全く議論しない候補者や政党を選ぶのか」と自衛隊を9条に明記する憲法改正を争点化しているが、国民に関心が強い年金などの社会保障の議論や負担の在り方からは逃げ、モリカケ疑惑などの都合が悪いことは説明せず、改正の必要性の認識がほとんどないの憲法改正には執心する。

第2次安倍政権になってから6年半、安倍首相にとっては、自らの政権安定が重要だろうが、国民が将来の安心を要望しているのとは、認識が乖離している。政権評価と政策の是非を問う参院選挙。これから先の生活や社会の在り方、特に老後生活や人口減少への対応が見えないばかりか不安でいっぱいだ。

厚労省の国民生活基礎調査によると、65歳以上の高齢者世帯は、2018年6月時で27.6%、3割になろうとしている。が、そのうちの過半数(55.1%)が「生活が苦しい」と訴えている。加えて、単独世帯の高齢者の独り住まいは48.6%。孤独生活者がどんどん増え「高齢おひとり様」社会の有様が問われる。

年金収入だけが頼りの経済的不安と孤独生活で、誰にも相談ができなければ将来を悲観する人は増え続く。不都合なことには目も向けず、聞く耳もない政治から、与党も野党もなく、難題に正面から向き合う姿の政治に取り組まなければ、政治の存在感が失われるだけだ。

今回の参院選の最大争点は、与野党が真っ向から対立している「消費税」。過去2回、先送りを重ねてきた安倍政権は、10月から10%への引き上げを実施し、5兆7千億円の増収を見込んでいるが、野党は全党「増税反対」なのだから。

安倍首相は、「経済を強くすることと増税分を財源にした教育費無償化」を訴え、「全世代型の社会保障構築」を公約し、過去の税率引き上げの教訓から5%ポイント還元やプレミアム商品券発行など総額2兆円の景気対策を講じるとしている。

しかし、キャッシュレス化は国民、特に高齢者になじんでいないことや、発行コストが多額で購入できる人が限られた上に、毎日の生活に追われ、プレミアム商品券を買いたくても買うことができない低所得者や貧困層のことを暮らしに心配がない政治家は理解しているのだろうか。

加えて、飲食料品などに適用する軽減税率。お金を多額・高額に使える人に適用の恩恵が大きく格差が拡大する軽減税率は愚策だ。国民の心理は、可処分所得が伸びない現状で節約志向を強めている中で、教育費無償化や軽減税率は、高所得者により恩恵が大きく、格差対策にはならない政策だ。

安倍首相が、言い続けてきた「アベノミクス」は一体どうなってしまったのか。年率2%の物価上昇、GDP名目3%程度、実質2%程度は、何だったのか。可処分所得が実質横ばいでは、経済の好循環どころか消費低迷が続く。看板を掲げるものの中身のない政治、挙句の結果、格差拡大政治はいい加減にして欲しい。

生活の安定を言う野党も具体的政策が乏しい。小政党が展望を開くには、小政党同士が主導権争いしていてもどうにもならない。憲法にしても老後問題や社会保障にしても国民が理解できる争点を丁寧に説明してこそ議論が進み、政策判断ができる。本当に野党にはしっかりしてもらいたい。

安倍首相は、ねじれ国会で何も決められなかった参院というが、現状は、参院の存在が衆院のコピーになっている。これでは参院不要論が出て当然だ。しかし「参院とは何か」が相変わらず、あいまいなまま選挙が進められている。合区にし、特定枠をつくる、定数を増やすことよりも参院の在り方を整理する方が優先度が高い。

人口減少で疲弊が進む地方の先行きは見通せない。一方で人口の東京一極集中は止まらない。参院は地方代表の言論の府とし、全国的視野で国の振興を図ることを議論することを検討しても良いのではないか。時代に即した国会改革が必要だ。

追記
1.群馬県では、参院選と同じ日程で知事選が行われている。が、こちらも参院選同様に低調だ。政策を身近に感じないまま、誰が当選するかがわかっている選挙だから、関心の持ちようがないという理由が大きい。有権者が投票しない選挙とは???政治そのものが問題だ。
そして参院選後が心配だ。日米貿易交渉では、トランプ大統領が選挙後に期待をしていると安倍首相との貿易密約を感じさせる発言をしているし、日韓関係は悪化の一途、出口が見えない。北朝鮮拉致問題も日露の北方4島問題も進展の見通しがない。安倍首相が言う世界を俯瞰する外交の言葉が泣いている。透明度のない政治がより不透明になっている。
今の自民党は、安倍首相になってから自由も民主も活力までもが失われた。国民、国会、少数意見(野党)を軽視・無視する政党に変質してしまった。安倍首相の価値観で回りが忖度で動く自己都合、自分勝手の弱者切り捨て政治は、早く終わらせないと壊れた社会が修復できなくなる。国民一人ひとりが言うべきことに声を出すことが大切だ。一方、具体的政策を提示できない野党のふがいなさ、だらしなさも相変わらず。東京一極集中が問題だとの認識があるのであれば、人口減、少子高齢化でますます疲弊が見通せる地方再生への具体策を早急に提示するくらいはできるだろうに。とにかくトランプ頼みの緩んだ安倍政治と野党の低調は、今後も一段と政治離れ、政治劣化が懸念される。

2.生活が年々厳しくなっている。限られた年金収入で社会保険料(国保・介護保険料)や税金(消費税等)の負担が増え、医療費負担も増える。さらに物価が上がり、10月からは消費税率が引き上がる。生活の無駄を省き、節約を重ねていても先行きの不安が増える毎日。平穏の毎日でも厳しい生活が、何かあった時にはどう暮らしていけるのだろうか。家族のことを含め、長寿社会は生きることへの不安が尽きることがない。

3.今日(18日)京都のアニメ製作所のスタジオが放火された。平成以降放火事件では最悪の死者・負傷者がでる無差別テロのような事件で、名ばかりの平和ではどうにもならないくらい価値観をが変化し、社会が壊れてきている。人が困ったときに補い合い、扶け合う、いのちを大事にする社会の構築が緊急だ。

老後2千万円不足問題

現在の公的年金では、「老後資金2千万円不足」が書かれている金融庁作成の「高齢化時代の資産形成についての報告書」が、国民的話題になっている。

65歳の男性と60歳の女性の夫婦が90歳以上生きるとすると、30年間で約2千万円の資産が必要だとのこと。つまりは、自己責任で資産形成が必要になるので蓄えておくことを提示したものだ。

単純に月の生活費不足額から30年間を計算すれば不足額は出てくる。が、年金だけでは、老後資金が不足することは、多くの国民がわかっていたこと。不足するか否かは、受給年金額や一人ひとりの生活実態により大きく異なる。

この何をいまさらの問題を安倍政権が、年金の本質を説明し、不足するところは、今後どうするかを議論すればよいものを、何を勘違いしたか「報告書をなかったことにする」と、麻生財務大臣が自ら諮問した報告書の受け取りを拒否したからおかしなことになった。

現在の年金制度は、年金を掛ける世代の人数が減らないことが前提になっている。が、人口減少、少子高齢化で、年金を掛ける世代の人数は年々減少し、年金を受け取る世代の人数が年々増加している。

年金だけでは老後資金が2千万円不足は、国民年金だけの人は、とても2千万どころではない。現行の賦課方式をどうするかや、厚生年金と国民年金の格差、無年金者問題をどうするかなど、課題だらけだ。

そして、2004年の制度改正で導入された現役世代の減少や平均余命の伸びに合わせ、給付額を自動で調整年金給付を抑える仕組みのマクロ経済スライドの問題。

マクロ経済スライドでは、年金だけが頼りの受給者は給付額に合わせた生活の工夫や節約が求められるが、高齢化で病気や介護などが必要になった時には、生活の目途が立たなくなる危険がある。

格差社会にあって、老後を安心て暮らせるのか否かは人生の大きな課題だ。その人の寿命や歩んできた道(所得)などが反映される安心感があっての人生だから。だからこそ、高齢者の貧困、格差対策が必要なのだ。

それにしても、国会の現状は、与野党ともに無責任が過ぎる。「あったものをなかったことにする」では、政権の意に沿わないことは全てが没になる。これでは政権忖度が当たり前の政治不信政治が蔓延する。(怒)

安倍政権は、予算委員会も開かず議論から逃げている。何で与野党が国民に向き合って、責任ある議論ができないのか。改めて国会議員の劣化を強く感じる。

1年振りの党首討論に期待をしたが、短時間の討論にもかかわらず、安倍首相の姿勢が野党の問いかけに真正面から向き合わず、討論とはなっていなかった。野党も全く迫力がない。改めて政治不信が強まった。

今日のおまけは、昨年よりも遅咲きだった我が家の百合の花
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政治不信と将来不安増

気象庁が梅雨に入ったと発表した今日は朝から雨。権力者や権力に近い人が弱者の生活を理解し共感や想像力がないと、経済的格差はいつまでたっても連鎖を繰り返す。

それは、親が経済的貧困であれば子どもの教育や健康格差を生み、子どもが低学力や低学歴でよい仕事に就けないため、その子が親になってもまた経済的貧困で世代間で貧困が連鎖する。

今の政治家のほとんどが、経済的貧困の経験がないために、非正規や外国人労働者などの低所得者層の生活が現実が理解できず、実感できない。

今や国民が憲法25条の国民の権利で保障されるべき「健康で文化的な最低限の生活」が議論不十分のまま置き去りにされている。

時代が変わって、令和になっても安倍さんの政治姿勢は変わらない。相変わらず自衛隊を憲法に明記すれば自衛官が誇りを持てるという趣旨の憲法改正を自分勝手に言い続けている。

今、急ぐべきは人口減少対策。社会保障が危機的状況になることがわかっているのに格差対策には無策、経済も外交も何も具体的成果がない。一強の長期政権でこれほどに成果のない政権は早期に退陣願いたい。

こうした中、安倍首相の周囲を含め、解散風を弄び、国会を愚弄するような言動が続いている。そして消費税引き上げがどうなるのかも前途不明のまま生活不安だけが明らかだ。

そもそも消費税は、社会保障財源のために導入された。その消費税率を引き上げようとしている政府(金融庁)から5月22日、老後資金が年金だけでは足らないので、「さらに1300万~2千万円が必要になる」と国民に自助を求める内容の指針が示された。

「100年安心年金」と大見えを切った坂口元厚労大臣がいたが、いまになって、それも突然、金融庁から老後は年金だけでは暮らせないから2千万円を用意しておけと言われても驚くと同時に、大金をどうすることもできない人が多いのではないか。

消費税増税目的との整合性は取れないし、低所得者負担増による格差が増大するにもかかわらず、政治責任を放棄するような麻生財務大臣の生活感のない「人生100年になったんだろ」には、あきれるばかりだ。

賃金統計不正など、格差が拡大し続ける国民生活よりも自らの政権維持が重要視される安倍政権が続けば、弱者が一層弱者になり、引きこもり、虐待、登校拒否、詐欺、自殺や殺人など、社会不安や危険が増える。

幸せを願いながら懸命に生きる国民が、坂道を転げ落ちるような生活を余儀なくされるような政治は、こりごりだ。が、残念ながら、今の野党にも国民生活の現実が見えない、何のために政治家になったのかの使命感もない、まったく期待が持てない。

今、野党が目指すべきものは、全く新しい生活者視点の理念のもとで安倍政権を打倒し、真に国民が豊かさを実感しながら人生を生き切れる社会をつくる社会保障政策や国家財政、平和政策を提示することではないか。

小さな野党同士が争っている時ではない。小異を捨て大同に就けないリーダーの下では、展望が開けないのは当然。一体、国民生活はどうなるのか。政治家と呼ばれる人たちは、責任ある使命を果たせ。(怒り)

それにしても、与党も野党も政治家の無責任により、国民生活に将来不安が増す一方では、どんなに一人ひとりが努力してもこころまで貧しくなる。希望が持てない悲観者による異常で悲惨な事故や事件が心配だ。

今日のおまけは、咲き始めたザクロの花。
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急げ、空き家対策!&引きこもり、高齢運転事故

新時代「令和」があっという間に1ッカ月過ぎた。新時代になっても人口減少は続いている。総務省住宅・土地統計調査によると、2018年10月1日現在で全国も、群馬県も過去最多となったことが発表された。

全国の住宅総数は6242万戸、空き家は846万戸で13.6%、群馬県では総数94万8200戸、空き家15万7千戸で16.6%となっている。この空き家問題は、人口減少とともに加速する深刻な課題だ。

空き家には賃貸や売却手続き中の物件や別荘などが対象になっているので、別荘が多い山梨県や長野県などの空き家率が高くなっている。一方で賃貸物件が431万戸でバブル期に建築された物件が空き家になっていると思われる。

空き家は、スポンジ化する景観、治安の悪化に結び付く。それでも管理が行われていればまだしも、取り壊しが行われなければ防災上も危険が放置されることになる。

空き家が増加したのは、長引く不況で経済のすそ野が広い住宅産業に向けた政策的てこ入れ策としての新築住宅ローン減税などの影響が大きい。

その結果、バブル経済と相まって、都市を取り巻くように近郊に持ち家や賃貸住宅が建築されてきた。こうした物件に居住していた人たちが高齢化と核家族とともに物件が中古化し、やがて空き家化してきている。

2015年には自治体が治安や防災上から空き家を強制撤去することができるように空き家対策特別法が施行された。が、倒壊の恐れがある物件に限定される代執行のために根本的解決策にはなっていない。

人口減少と高齢化は、一人暮らし世帯を増やしている。しかし、一人暮らしであれば利便性が良い場所で暮らしたくなるのは常。住宅新築は最近、業者が小規模平屋建て住宅の売り出しが目立つようになってきた。

我が家周辺でも、空き家が目立つようになり、長期間放置されている空き家もある。一人暮らしに加え、高齢二人暮らしも増えている。コミュニティが急速に壊れ、共助も危機的状況が見えている。

住み替えができる経済力があれば、小規模平屋に住むことが可能だが、一般的には、高齢化すればするほど経済力はなくなる。かといって、所有する中古住宅では売却するにしてもなかなか買い手が見つからない。

高齢化は進み、生活コストが多人数家族に比べ割高になる。高齢一人暮らしが増え続くが、当然、高齢化すればするほどに行動範囲も狭くなる。

また、前橋市では、市営住宅の空き室が増えている。見込み賃貸収入が減少する一方で老朽化したり、高階層への移動手段確保など、維持管理費が増高する。市営住宅の必要性を含め、空き部屋活用策も緊急課題だ。

空き家活用策の一つとして空き家改修で地域の支え合いの場づくりなどを強化したいが高齢者の経済力では難しい。こうしたところに行政の支援策があっても良いのだが・・・。中古物件の流通活性化対策も必要だ。

また近年は、市街地に高層マンションが増える一方で、空き家マンションも増えている。空き家が増えた区分所有のマンションんは、老朽化したときに修繕費や改修費の調達が難しく、空き家廃墟が増えることで解体需要も増えることになる。

空き家にしないために、乏しい経済力に健康不安が加わり、交通などの利便性が乏しい住宅に住み続けることを覚悟することも大変だが、やむを得ないのだろうか。

人口減少でも規制緩和で、人・モノ・カネ・情報の東京一極集中は続く。地方では人が減り、認知症高齢者は増える。空き家が増え続く。せめて、自動運転の小型電気自動車など、移動や買い物に不便にらないような対策が欲しいものだ。

時代が新しくなった。人口減対策に本腰を入れないと空き家対策にもならない。格差対策にもならない。日常の暮らしに安心があっての明日だが、個人の努力では解決できない複雑な不安と悩みが尽きない毎日だ。

追記
ここ数日、マスコミやSNSに川崎市のスクールバス待機児童等殺傷事件から引きこもりが取り上げられている。加えて、元農水事務次官が自ら長男を包丁で殺傷した事件があった。川崎の犯人は引きこもり傾向だったと言われ、農水事務次官の長男も引きこもりで家庭内暴力があったことが報じられている。
引きこもりは、全国で推定110万人を超え、40~65歳までの中高年が61万人超と報じられている。引きこもりにも様々な原因や要因がある。だから一概に引きこもる人が、あってはならない事故や事件を起こしているとは言い切ることはできないし、引きこもりから仕事や活動を通じ、社会の中で活躍している人もたくさんいる。
心の内にある模様も精神も各人各様。人間は何をするかわからない不安定な存在であり、生きる中では浮き沈みが必ずある。人間一人ひとりの複雑な心中を察することは至難だが、可能な限り、人が壊れ、社会が壊れている原因や要因を分析・対策し、安全・安心できる社会を再構築しなければならない。
人は、運命や宿命の中で、生きること、生ききることが目標なのだから。

池袋、大阪、福岡と高齢運転者による予測できない自動車大事故が連続して発生している。全てアクセルとブレーキの踏み間違いではないかと報じられている。アクセルとブレーキの踏み間違い事故は年間4千件を超える。車は運転次第で凶器に変わる。交通不便地に住んでいると、移動にはどうしても自動車が頼りだ。年齢とともに運転感覚が変わることに注意し、安全運転に徹したいものだ。そしてメーカーは、小型自動運転自動車の開発を急いでほしい。

今日のおまけは、咲き始めたシャラ(夏椿)と黄色いバラ。自然の変わらない姿にホッとする。
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縮退する地方自治&社会が壊れてきた

平成時代は、地方の形(仕組み)が市町村合併により大きく変わった。地方分権や道州制、権限移譲など様々な議論もあった。

しかし、その後の具体的改革は、東日本大震災や原発事故、各地で多発する地震や豪雨などの災害からの復旧・復興などで、一向に進んでいない。

最近では、2012年に住民投票で否決された大阪都構想が再び持ち上がり、大阪府民の再チャレンジに対する動向が注目される。

地方では、人口減少、少子化・高齢化の人口問題が最大課題になり、住民自治に対する危機も同時並行的に進行している。

地域では、高齢化や就業形態の変化などにより、自治会や行政関係団体の役員や担い手が不足し、役員になると次の役員候補者を探すのが最大の仕事になっている。

つまり、自治会の役割が時代の動きとともに変化しなければならないのに、旧態依然としているのだ。自治会に関心を持ったり、地域の連帯に関心を持たない住民の現実は、今の政治離れに共通している。

地方議会でも、人口が少ない町村では議員に立候補する人が減り、無投票当選が増えてきた。今春の地方選挙では、首長にも拡大し、全国で121のうち55町村と半数以上が無投票だった。

群馬県でも2市7町村の首長選が行われ、1市4町村が無投票当選で、なかでも県トップの人口を持つ高崎市長選が無投票だった。新人が無投票で選ばれる町村もあった。無投票の意味を再検討する必要がある。

特に深刻なのは、議員候補者が定数に達しない町村が(群馬県にはなかったが)、全国に8町村あったことで、選挙や二元代表制の在り方、女性や若者の確保、多様な人による比例制の導入など、制度面を含めて喫緊の課題になっている。

低投票率は、国政でも同じ。参院選が7月に行われるが、立候補者が誰なのか、関心が極めて薄い。参院とは何か。その役割を含めて衆院の小選挙区制とともに見直しが必要だ。

それでは、なぜ無投票や低投票率なのか。政治家に身近に住民の声を反映してくれるつながりがあったり、顔の見える人がいたり、身近な生活に係る課題解決に即時性があり、政治の存在自体を日常で意識できたものが、平成の大合併により議員の数が減り、政治とつながる距離が遠のいたことが大きい。

また合併は、議会傍聴への時間的距離も拡大した。インターネットでは議会での臨場感や議員の態度や姿、緊張感が伝わらない。緊張感がなく、問題意識のない議員に課題解決の方策がないのは当然で、国も地方も政治家の劣化が明らかだ。さらに議員になることが目的の多選議員が増え、議会の停滞が目立つ。

無投票当選は、現行制度を改め信任投票を実施するとかしなければ政治無関心層を増やすだけ。住民意識が多様化しているのに、中央集権的手法で政治を動かすことは、有権者と政治の距離をより一層乖離させることを意味する。

これからは、多くの市町村で人口減少が加速する。一方で高齢化が進行する。人口減少・高齢化は、空き家、空き地を増やし、児童数の減少とともに税収減を意味する。そして過疎地では、住民の声は、ますます遠のく。

さらに問題なのは、一人暮らし高齢者の増加だ。高齢になれば、体は衰え、投票に行くどころか自らの生活に懸命にならざるを得ない。過疎化が進み交通手段も少なくなり、買い物や通院が大変になる。高齢化により認知症も増える。

日常生活への支援需要が一段と増えるが支援要員や年間10万人が介護離職する一方で介護人材の充足は、全く追いつかない。日常の苦悩は多様で自治を考えることまで頭が回らない。

人口問題研究所の2040年の一人暮らし推計によると、65歳以上の一人暮らし高齢者は896万3千人、全世帯で17.7%、東京では2015年に79万人だったのが116万人、65歳以上人口の約3割、高齢世帯の45.8%となっている。

しかし、東京への一極集中は留まることがない。規制緩和をすればするほどタワーマンションや利便性が増した高層ビルが林立する。そして、非婚化・晩婚化が進んでいる。

厳しい財源難でも老朽化する公共施設や橋梁・道路の維持・管理には、待ったなしで多額の財源が必要だ。昭和30~40年代の公共水道も老朽化している。そして高齢者を支える対策に費用が増え続ける。公共施設や公共サービスの利用料金なども値上げが必要になるのではないか。

現状、100人未満の児童数の前橋市立小学校が2校ある。今後も続く児童数の減少は、思い出と歴史が詰まった小学校の廃校や再編が検討されることになるだろうが、ふるさとのたくさんの思い出が詰まった地域遺産としても検討が必要だ。

一体、これから先、この国は、現状の社会保障制度で国民の暮らしを守っていけるのだろうか。そして、地方は、身近な暮らしに係る課題対策、特に貧困や弱者に係る多様なきめ細かい政策を地域や家庭に対応させていくことが大切だ。

そのために、小さな自治をもう一度見直し、自治会や議会のあるべき姿を検討する中で、地方自治の縮退を食い止め、住民と自治体が協働し、身近な問題から関心と参加により、安心できる地方自治を発展させなければならない。

追記
5月28日午前7時45分頃、川崎市登戸で長期間引きこもり傾向だったという51歳男性が柳葉包丁を使い送迎バス通学児童と保護者などを切り付けた殺傷事件があった。安全だと言われてきた日本で、近年の自分勝手な殺伐とした事件が報じられる度に社会が壊れてきたことを感じるが、その根底にあるものが何かを究明し対策することが重要だ。
もっとも国会議員でも戦争で北方領土を取り戻すなどと言いながら、内容を関係者が質すと開き直り、議員辞職させることができなかったり、国会答弁で首相が開き直ったり、統計不正や公文書改ざん、権力者に忖度したりの国会の現状なのだから社会が壊れるのも当然かもしれないのだが・・・。

今日のおまけは、我が家で満開のカルミアとヤマボウシ
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怒り心頭!

こんな国会議員がいたのか。まったく信じられない。怒り心頭。言語道断。即刻、辞任は必定だ!

予期しない信じられない発言の主は、維新の会所属の丸山穂高議員。国会議員の役割を何と心得ているのか。

国会議員は国民の代表。そんな当たり前の自覚がない国会議員がいること自体、信じられない。

自らの立場を弁えない発言、それが元島民、北方領土関係者に対する心ない発言であると同時に、国際問題になる可能性があることもわからないとは、本当に情けない。

北方領土解決問題に「戦争」という絶対にあってはならない事態の是非を北方四島ビザなし交流の訪問団同行時に訪問団代表に問うたという。しかも本人曰く、酒を飲んでいたというのだから、何とも情けない。

団長は、当然ながら戦争という言葉に拒否感を顕にした。訪問団で周りで聞いていた人も、こんな国会議員にはあきれたことだろう。今までの交渉を台無しに、しかねないのだから。

政治家の最大の役割は、国際平和を維持し護ること。そのために外交があるのではないか。日露交渉経過や現状、憲法、国際法も理解していないのではないか。

丸山議員は、国家公務員(経産省職員)から政治家になった。官僚の中に戦争を意識している人がいるとは思いたくはないが、果たしてどうなのだろうか。官僚は、平和という国益のために尽力して欲しい。

国際社会の中で日本が果たすべき役割を論じるのも国会議員の役割だが、こんな議員には全く期待できない。

維新の会は、除名をするというが、何で辞職を勧告しないのか。戦争を発言するような議員に税金(歳費)が使われている異常事態があってはならない。

普段から思っていなければ言うことができない言葉を平気で発言するとんでもない丸山議員には、国家・国民のために即刻、辞任してもらいたい。責任を自覚していれば当然だろう。

平成から令和へ

国民とのふれあい、寄り添いで国民との一体感で象徴天皇のあるべき姿をつくってきた平成の天皇陛下が退位し、上皇陛下となり、平成時代の幕が下り、新しい令和の幕が開いた。

平成時代に多発した災害の被災地を皇后陛下とともに訪ね、2人の言葉が復興の励みになってきた。また社会的弱者に寄り添い、沖縄に心を寄せ、戦争の歴史と向き合い、慰霊の旅を続け、戦争を正しく伝えようとする姿は、多くの国民が共感をもった。

退位礼正殿の儀では、「支えてくれた国民に感謝します。令和の時代が平和で実りあることを願い、人々の安寧と幸せを皇后とともに祈ります。」と述べ、象徴の務めを終えた。

現憲法が定める象徴天皇のあるべき姿を具体化したものがない中で、自らの責任で象徴像を追い求めてきた姿には国民の多くが感謝の言葉と労いたい気持ちでいっぱいだったのではないか。

上皇として、上皇后として、どんな役割をもって、どんな生活をするのだろうか。ゆっくりと穏やかに暮らしてほしいと願うのだが、果たしてどうなのだろうか。

そして今日は、新天皇が即位した。即位後には、「常に国民を思い国民に寄り添い、象徴の責務を果たす」と決意の言葉を述べ、令和新時代が始まった。新天皇、新皇后両陛下の活躍を祈念したい。

令和時代では、天皇の象徴への思いに加え、国民の側から国民が求める国民統合の象徴天皇のあるべき姿の議論が必要であり、女性や女系天皇を含めた皇位継承問題も速やかな検討が必要だ。

平成時代には人口減少の中、格差社会が拡大し、ネットが社会を動かすようにもなった。一方で政治の信頼が大きく失われた。経済も失われた20年とか30年とか言われ、デフレと低成長から脱しきれない。

令和時代は、平成時代にも増して激動の社会になるのではないか。政治とマスコミの役割と責任が、ますます大きくなっている。国民一人ひとりの信頼社会に向けた意識も重要だ。

社会には変えてよいものと守らなければならないものがある。働き方改革や女性活躍、外国人労働者の受け入れ、高齢一人暮らしの増加、社会保障財源難など、無関心では暮らせない社会になってきている。

政治に信頼を取り戻し、ネット社会を充実させ、多様性を認め合う寛容な社会にしなければ、格差拡大は止まらない。令和時代が、平和が続き、人に優しく、暮らしやすい社会になってほしいものだ。

平成を送る我が家の春の彩

様々な出来事があり、変化が多かった平成時代が残すところ1日余りと僅かになった。新しい令和時代も激動が続くのだろうが平和は絶対に護ってほしい。

明治から大正、昭和、平成、令和と長生きする人がいる。正に人生100年時代となった。新時代の長寿社会が暮らしの安心と日常の笑顔と愛情であふれる社会であってほしい。

地球温暖化の影響で、異常気象は相変わらず。寒かったり暑かったり、風が強い日も多く、4月末になっての雪など、予測できない天候の日がでてきている。

羅針盤のない下山の人生となり、大型連休とは無縁の毎日。最近は時の経過だけが早く感じる。呑気(のんき)なことを言っていると激動の中では立ち往生してしまうのではないかと思いながら立ち止まっている自分がいる。

いくら時代が変わろうとも自然は毎年変わらない姿を見せてくれる。そこで我が家の花々が、平成を送る春の彩を記録しておく。
画像白いハナミズキ
画像紅白ハナミズキ
画像満開のつつじ
画像黄レンゲつつじ
画像芝桜
画像イチハツ
画像クリスマスローズ
画像オダマキ草
まだ残しておきたい彩があるが、残念ながら画像記録可能容量オーバーのため、今回はこれまで。明日は平成最後の晩餐。元気で自分らしい新時代を迎えたいと思っている。

真っ青な空に桜

今日の空は、久方ぶりに雲一つない真っ青。風も微風。陽気に誘われ少し遅い桜見物に前橋敷島公園に出かけた。

そこで、素晴らしい今日の空の青さに映えるソメイヨシノのピンクと光の中にホワイトのオオシマ桜の散りゆく桜のコントラストを記録しておく。
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現在、桜の花は、全国で約6百種類があると言われている。

追記
今日は、2016年4月に震度7の激震に2度襲われた熊本地震から3年。住宅の6割が全半壊した益城(ましき)町では、3年が経っても生活再建が進まず、震災ではなく人災と言われている。奇しくも熊本県の阿蘇山が今日、小噴火した。東北をはじめ、北海道、広島。岡山など、全国の被災地では、復興が遅々としていて、被災者は経済的・精神的・肉体的に大変な苦難と戦っている。一刻も早く安心した生活ができるように政治が生活者のためにあらゆる決断を急いでほしい。

地域の発展は人口減少対策次第

平成時代が終わり、新しい元号令和が発表され、新時代「令和」を迎える地方のリーダーを選ぶ統一地方選が後半戦に入った。

群馬県内の市町村長選が2市(高碕と桐生)、6町村(榛東村、吉岡町、嬬恋村、川場村、明和町、神流町)で行われる。

市町村ごとに課題はあるものの、どこでも共通する課題は人口減少。特に、2014年に日本創生会議により消滅可能性都市として発表された市町村にとっては深刻な課題だ。

4月12日に総務省が公表した2018年10月1日時点の人口推計によると、全国で人口が増えたのは、東京、沖縄、埼玉、神奈川、愛知、千葉、福岡の7都県。40道府県で人口が減っている。

群馬県人口は、外国人を含み195万2千人で、前年より8千人、15年連続(全国は8年連続)の減少だった。15歳~64歳の生産年齢人口は、114万1千人で、前年から1万人(0.2%)減少した。

4月から出入国管理法が改正施行され、外国人の増加幅は年々大きくなり、さらに外国人労働者の本格的受入れ拡大が始まったとは言え、外国人労働者の受入れは、そう簡単なものではない。

先進国を中心に世界的な人材不足の中、言葉や給与、待遇など、安い労働力が通用しなくなっている。国際競争を勝ち切って、人材確保するためには財源が必要だが、地方都市は、どこも財源が厳しい。その上で自治体間競争が熾烈だ。

人口減少に伴う財源問題は、産業の継続や継承、消費の減少、教育費や(医療・福祉・介護、年金の)社会保障財源などに多くの不安を残す。

しかし、若者の結婚、子育て・保育、働き方・就業対策、児童虐待、いじめ、東京一極集中、産業や観光振興、住宅と防災対策、外国人対応などの多くの課題に、地方首長選挙、議員選挙ともに人口減少対策を論じる姿を聞いたことがない。

4月7日には、県議選の投票率は、過去最低の43.49%だった。過半数以上の有権者が投票に行かなかった。もちろん、県の必要性は論じられないままだ。県議会議員は、地方の在り方をどのように考えているのだろうか。

県の課題を認識し、何にどう働いているのかがよくわからない不透明県会議員にも問題はあると思うが、有権者から見ると仕事が見えない県議会にも必要性を感じない。だから1票を託す人が見当たらいのも現実で、それが投票率になっている。

何れにしても、地方には県と市町村の在り方、 分権や道州制などを含め、様々な課題がある中で、最大課題は、少子化による人口減少問題とその対策だ。もちろん、国会が機能し、仕事をすることが前提だ。

言うことは勇ましく自らの権力維持に必死の安倍政権、長期政権だが、政権を担ってから人口対策に何をしてきただろうか。尤も拉致問題も外交も何も進んでいないのだから期待してはいけないのだろうが・・・。

新時代令和が、まもなく始まる。真にこころの豊かさを実感し、しあわせを実感できる国や地方になってほしいものだ。

今日のおまけは、我が家の鉢植えチューリップ
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新時代の元号は、「令和(れいわ)」

4月1日に新元号「令和(れいわ)」が安倍内閣から公表された。5月1日から使われる元号が、新しい時代の国民のしあわせ実感に飛躍することを願っている。

元号は、元号法に基づき政府が決定することになっている。安倍首相の説明によると、令和は、梅の花のように「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ意味が込められている」という。

しかし、安倍首相が説明すると、耳に心地よい美しい解釈の裏に、なぜか自らの強い思いによる別の意味が込められていることを感じてしまう。 なぜか、自分が目立とうとしているようで気になるのは、穿ちすぎであればよいが。

海外メディアは、令和が意味するところを様々に解釈をしている。「命令されることで和む日本人にふさわしい元号だ」とか、「上からの命令には“イエス”と言って和を図ることで安心を得ようとする日本人」だとかも言っているという。

平成には、平和を成就するという意味もあった。が、その平政時代は、バブル経済の崩壊、阪神淡路大震災や東日本大震災、福島原発事故が起き、格差拡大による分断と中間層がやせ細った時代だったが、戦争のない時代でもあった。

そして、平成時代に史上まれにみる長期政権の安倍首相が、新時代の元号を決めることになり、今までは中国の書から元号を選んできた伝統を変え、日本の書から選ぶことを判断し、万葉集から選んだ。

右傾化した安倍首相時代は、対中国と尖閣など領土争いをめぐる緊張が長く続いている。また安倍首相は、平和憲法を2020年までに改正する決意を表明してきた。

令和の「和」は、「昭和」でも使われ、調和の和であり柔らかい穏やかなイメージがあるが、「令」が、日本の伝統的価値観である秩序を重視したと受け取れる一方で、国粋主義的傾向を持つ安倍さんだからこそ、命令の令に重なってしまう。

命令でなく、自発的秩序であれば、秩序が失われてきた今こそ違和感のない価値観として受け入れられるのだが・・・。こうした価値観であれば、国際的にも日本の価値観として受け入れられるのではないだろうか。

「令和」とは、本来は、「令(うるわ)しく、平和に生きる」との意味で響きが良い言葉だと思うのだが、それを安倍さんが説明することに、漢字の意味通りには受け取れず、違和感を強く感じ、新時代や次世代感が感じられないのはなぜだろうか?

それにしても主権在民を定める現憲法による天皇は、象徴天皇であるのだから、国民主権の下で、選定や決定の過程、方法を含め国民参加をによる「元号とは何か」をわかりやすく議論すべきではなかったか?

国民の代表である衆参議長。副議長が徹底情報管理の下で、政府から説明を受けたというが、これからの社会のあるべき方向や理想を表すべき元号は、時代を象徴するものとして幅広く国民共有のものとする方策を考えてほしかった。

何はともあれ、令和の時代が、世界に平和が続き、国民にしあわせを増やす良い時代になることを願っている。

それでも国会は必要か?

史上初めて100兆円を超える新年度の一般会計当初予算が成立した。

中身は、消費税増税対策の膨張と防衛費予算の増加が主なものだ。問題は、国会での予算審議が十分に行われたかどうかだ。

国会審議の中心となる予算委員会では、アベノミクスの成否判断につながる統計不正問題の解明に審議の大半が使われたものjの解明されない中途半端のまま終わってしまった。

野党もだらしないが、森友・加計学園問題の真相未解明と同様に与党の解明に不誠実な態度が目立ち、最後はいつもの数の力で押し切って終わる姿に、安倍一強国会で、国会の役割が機能不全になっていることを強く感じるばかりだった。

統計不正問題が、なぜ起きたのか、なぜ不正が続いたのかは、本来は行政監視の役割を持つ国会が果たすべきものだが、それを行政機構の厚労省特別監察委員会が調査を2回行い結果を公表したものの当たり前に分からないままだった。

景気回復判断や北方領土問題、予算の最大課題、消費税増税対策の中身なども、議論不十分で消化不良のままで終わってしまった。まるで安倍内閣に口出し無用とも言わんばかりの強弁で不誠実な姿勢には、謙虚さを微塵も感じることができない。

相変わらず、自民党内は無風状態なのだろうか。沈みゆく国の姿を感じ、誰もが何も言わなければ、少子化による税収減、財政赤字など、次代へのつけはますます大きくなる。

それにしても、社会の最大課題である”人口減少問題”に本格的な議論がないことは、国会議員自らが国会の必要性を放棄していることに等しいのではないか。国の行く末が本当に心配だ。

謙虚な説明どころか少数意見を無視や抹殺し、権力の座に居座り続ける安倍さんが、さらに長期政権を続けることは、国会の姿を不健全にするだけでなく、国民が真実を語らなくなる危険性を感じる。

安倍さんの4選はもってのほかであり、だらしない野党を含めて国会議員の奮起を促すばかりだ。岸田さん、石破さん、小泉さん、そして福田達夫さん、とにかく頑張れ!

桜便りとイチロー選手引退

昨日(21日)、日本の花、桜の開花便りとともに日本が誇る大リーガ―、イチロー選手の45歳現役引退が発表された。深夜に記者会見も行われた。

結果が全ての野球界の先駆者、シアトル・マリナーズの背番号51は、29歳頃から50歳までは現役と言ってきたが、1年間のブランクは試合勘を取り戻すことができず、年齢の壁を超えることは難しかったようだ。

しかし、大活躍の歴史や大記録は消えるものではない。名実ともに球界のレジェントが打ち立てたメジャートップの成績は、米国に渡った年のMVP、新人王から日米通算4367安打など、偉業の連続だった。

28年間の現役で、日本での9年間の打率3割5分3厘はとてつもない記録だし、米国での19年間の打率3割1分1厘、生涯打率3割2分2厘、ものすごい記録だ。

イチロー選手の凄さは、走攻守揃っていた。盗塁王や走者を刺殺するレーザービーム送球でも超一流だった。ベンチでは選手の盛り上げも上手だったという。

また、モチベーションを維持し高めるためのトレーニング姿は、、ストイックで、先端を行き、常にメジャートップとして、多くの人に憧れの空気をもたらしていた。

この時期に、大リーグが日本で開幕した東京で発表したことは、本人もやり切ったと思っているからだろう。多くの日本人はもとより、世界中が偉業を称えていることだろう。後悔はして欲しくない。

生あるものは、スタートがあれば、必ず終わりがある。今日のスポーツ新聞はもちろん、全国紙朝刊各紙が全て一面でイチロー選手引退を報じたという。それだけでも存在感のすごさは、言葉で言い表せないほどだ。

ニューヨークの大衆紙、ニューヨークポストは、象徴であり、アイドルであり、神話であると報じるなど、米国メディアが揃って日本人の象徴、イチロー選手を称えたという。正にスーパースターだったということだ。

引退してもトレーニングは続けるという。これから先、何をやるのか、興味は尽きない。自らは監督は不向きというが、球界の発展、いや、日本のスポーツ界発展に一層力を尽くしてほしい。

今はただ、28年のプロ野球人生に区切りをつけ、勇気と感動を与え続けたイチローさんに「お疲れ様」と「ありがとう」の感謝の言葉を言いたい。偉大な記録は、記憶とともに今後も語り継がれることだろう。

今日の報道では、イチローさんに国民栄誉賞授与が検討されることになったという。素晴らしい実績では当然のことと思う。大きな拍手を贈りたい。


そして、ソメイヨシノの桜が咲いてきた。今日は風が強かった。ソメイヨシノは、花が大きく、パッと咲いてパッと散る。花見には、今日のような強風(風速19m超)にはなってほしくない。青空の下で美しい桜を愛でたいものだ。

自治会総会に出席して、自治会の役割の再構築が必要

今年も例年同様に自治会総会が開催され、出席してきた。

近年の出席者は、人口減少と高齢化、若年層の無関心化により本人出席の割合が減少傾向で、認可法人の地縁団体自治会を背景に委任状出席が増えている。

こうしたことから近年は、担い手になるべき自治会や関係団体の役員適任者を探すことが多難になり、環境変化に疎くなり、無難に毎年同じ活動が繰り返されている。

近年、災害多発や孤独世帯の増加が顕著になっている。当然、自治会の役割も変化しなければならないのに問題を提起することさえも躊躇しなければならず、問題意識を持つと浮いてしまう懸念さえもある。

今年の総会でも、議論途中で、「早く終わらせなければ・・・昼になっちゃう」という声も聞こえた。「意見なんか言うな」「議論なんかするな」「無難に早く終わらせろ」という趣旨で言っているのだと思うが・・・。

価値観が多様化しているとはいえ、「総会は何のために開催されるのか」、真剣に考えれば考えるほど、距離を感じる。変化に対応して価値を共有して活動しなければならない自治会の原点が失われてきている。

今年の総会議案書で「規約の一部変更」が提案された。提案内容に変更理由や施行日に関する付則がなかった。が、当日、資料が配布され、規約変更に係る質問には、議案内容が修正されてた資料が再配布された。また、会計数字は、誤りの理由説明もなく口頭で修正された。

配られた総会議案書には、おかしなことに「総会当日の質問、意見、要望等は受け付けません」とあり、質問等は事前に文書で提出することが指示されていたので、規約変更など議案ごとに、できるだけわかりやすい文書で質問等を提出しておいたのだ。

当日は議案に対応する質問等に回答するなど、理解と納得の上で議事が進行されることと思っていた。しかし、文書質問等には答えないまま、何も質疑がないまま、採決だけが進行した。

不可解なので、手を挙げた。「質問書などで提出しておいた取り扱いは、どのように扱われるのか」を質問した。その答えは、「一連の採決終了後に答える」とのことだった。

議案に対する意見や質問などであり、議案に対応して回答しなければ、「何のための質問や意見を提出したのか」わからなくなってしまう。だから、議案に従って回答が欲しい旨を発言した。

災害対応では、質問と意見の趣旨が理解されなかったようで、議論がかみ合わないまま終わってしまった。当自治会は、富士見地域では珍しい地区「自主防災計画」を総会で定めていることを前提に、質問し説明を求めたのだが。

この地区自主防災計画で「災害要支援者の避難誘導、救出・救護方法等を予め検討して…」と定めているので共助の視点から、共助が必要な隣保班の対応と対策の現状の説明を求めたのだが・・・。

自治会長の回答は、災害要支援者とは言わない、とか、現状の登録者が3人であり、登録情報は絶対に公表しないとか、行政対応を説明し、議論の入り口でかみ合わない状態が続いた。

話に乗った感があるが、「個人情報といのちは、どちらが大事か」など、いのちの大切さを行政に自治会の立場で強く要請をすることを訴えたものの自治会長の個人情報保護に縛られた回答に終始し、やはり距離を感じた。

議論の途中で榛東村に勤務している会員から事例が話された、が、私が言いたかった「いのち最優先、いのちを守る」ことに、車いす使用者や孤独高齢者、妊産婦、障害者、外国人などに隣保班が情報を共有化して備えておくことの重要性は理解されないままで、大変残念だった。

災害対応は、自治体ごとに条例などが異なり、行政を動かすには、民意が大事なことは言うまでもないことなのだが、自治会役員が住民の立場ではなく役所の立場で説明するのでは議論が進むはずもなく、提起の無駄を感じた。

今、国内全世帯(5000万世帯)のうち、65歳以上の高齢者世帯は4分の1、その半分近くが高齢単身者で、生活意欲や筋力低下、認知症などで自力でゴミ出しができなくなり、国でも支援制度を作ることが報じられた。

ゴミ出しだけではない。生活上の困りごとも多種多様になっている。 ささやかな年金で倹しい生活を余儀なくされ、病気や健康、経済不安を抱えながらの孤立や孤独が増え続き、食費を抑え、介護保険や生活支援を躊躇する生活者が増えている。

時代の大転換期で、生活環境が人口減少、低成長、地価下落が継続し、空き家や空き地が増加するなど、コミュニティの存廃が問われるようにもなった。災害時の緊急対応はどうするのか。災害には一刻の猶予もないのだが。

これからは、若者が定住する地域として居住の質の向上が求めらる。仕事があればよいが、高齢化と過疎化が進む地区では住環境が改善する見通しが全く立たない。

難しい時代だからこそ、人を中心に環境と調和させ、生活上の様々な困りごとなど、人同士の関係を強化し、各種相談や支援により未来を託せる地域をつくらなければならない。

その中心的役割を担うのが自治会。行政の下請けではない、「一人ひとりがしあわせに生き切れる」ローカライゼーション(地域化)を目指し、その在り方、役割を可及的速やかに方向づけることが重要だ。

今日のおまけは、桜咲く頃に、やっと満開になった我が家の紅梅。
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自然が見せる近づく春

自然は、様々な顔を持つ。しあわせ(幸福)と長寿をもたらすと言われ、春の訪れを感じさせる福寿草が咲き始めた。
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一方で、寒い冬が続く中、昨夜には北海道胆振東部地方で昨年9月6日以来の地震(震度6弱)があった。交通はストップし、家に帰ることができない人が、夜間の駅や空港などで寒さに耐えている姿が映しだされていた。

草や木は、毎年同じ姿をみせて季節を感じさせてくれるが、災害は突然やってきて、多くの人々に想定外の悲しみや被害をもたらす。

自然の姿は、ありのままだが、人界では、特に政界では、将来の経済、財政、年金などに関係する統計に不正があるなど、困ったことにありのままとは程遠い右往左往と欺瞞に満ちた姿が毎日写しだされている。

安倍政権は、政治主導が過度に行き過ぎている。官僚の幹部人事への政治介入が忖度政治を生み、官僚が国民に向き合わず、官邸に向き合う結果が公文書の改ざんや嘘答弁、統計データの不正などとなっている。

そして責任ある立場の政治家は責任を取らないオール無責任体制になっている。立場が弱い官僚には自殺者が出ているというのにだ。やったことと責任の当たり前がある社会は、どこに行ってしまったのだろうか。

また、自民党議員(比例代表の田畑議員)による女性の人権蹂躙、女性蔑視が報道されている。報道が事実であれば人間として大いに恥ずべき問題であり、離党だけで済む問題ではない。議員辞職は当然だ。

何だか、自国優先(アメリカファースト)で、これが国際平和に寄与しているとはとても思えない、庶民感覚とはかけ離れたトランプ大統領をノーベル平和賞に安倍首相が日本国民を代表するとして自分勝手に推薦したという。

トランプ大統領は、メキシコ国境の壁建設で非常事態宣言、温暖化対策のパリ協定離脱、イラン核合意離脱、米大使館エルサレミ移転、米中貿易摩擦、ロシアとの中距離核協定破棄など、平和とはかけ離れることばかりをやっている。

こうしたトランプさんを安倍首相が一国を代表して推薦したとなると、日本の国際社会での見識が疑われて当然になる。安倍首相の「自分さえ良ければ病」とトランプ追従(言いなり)は、相変わらずで困ったものだ。


日増しに気候も暖かさを増してきた。自然界の春は、温かさを持ってやってくる。しかし、人界の春は、社会保険料負担額が増え、生活保護が増えるなど、国民の大多数が、こころの温かさを感じる社会が一向に見えてこない。

人々は、安心できる普通の暮らしがあればいいと思っているのに、生活実感は、豊かさがしぼんでいく。春は、自然も人も温かさを実感できる季節であってほしいものだ。

今日のおまけは 我が家で咲かせた胡蝶蘭と満開になった庭の白梅
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追記
小惑星探査機「ハヤブサ2」が、3億4千万キロも離れた小惑星「リュウグウ」へわずか直径6メートルの範囲で着陸したという。太陽系の起源と進化、生命誕生の探求のための大変厳しい挑戦は、日本の技術の優秀さとともに次代を担う人々に夢を与えるものであり、国際的に成果が期待される快挙で偉業だ。新しい発見が期待され、生命の起源に迫ることができる。JAXAの40人のチームだというが、困難を乗り越えるチームワークも決断も素晴らしい。無事に地球まで戻ってきて欲しい。久々の嬉しいニュースだ。

最近の出来事への思い

最近、唖然や呆然とすることが多い。釈然としないことや心配の多さも相変わらずだ。健康汚染を感じる社会になってきた。

安倍首相が憲法に自衛隊明記をいう発言に、「父親の職業を自衛隊員と言えない」に始まり、最近は「自衛隊員募集に自治体の協力が得られない」など、何が真実なのか、何のための改正なのか、疑念が増える。根拠がないのだろうが。

中身はどうあれ「歴代の首相がなしえなかった憲法改正を自分がした」と自分の名を残すことが最大理由としか思えない。とにかく、自分だけが正しいという「自分勝手の無責任」が過ぎる。

そして、統計に係る疑念と不信。統計こそは、信頼がなければ国の政策が歪んだものになる。賃金統計の疑念でアベノミクスに係る疑念が出るなど、当然、疑念に対する真実を明らかにすることが国会の役割なのだが、どうなることやら。

自民党大会での安倍首相発言も然り。「あの悪夢のような民主党政権に戻っていいのか」は、自らを振り返ることができない安倍首相の本領発揮だろうが、社会では、民主主義が少数意見を尊重するから、自由に様々な人が暮らしていられることを忘れている。

あまりにも「自分さえ良ければ」の安倍首相とは、比べたくはないが白血病と診断されたことを公表した日本のトップアスリート、競泳女子の池江璃花子選手のコメントは、人として、とても18歳とは思えない他人への感謝と気遣いがある。

本人も周囲にも大きな衝撃が突然あったことが想像できる。池江さんのコメントに、人としての優しさと人間性が優れていることが表された言葉に、「人の心遣いはは年齢ではない」ことを多くの人が感じたのではないか。

これから日本中、いや世界中が注目する中での病気との戦いは大変だと思うが、治療に専念し、一人の人間として元気(健康)を回復することを願い、こころから支援したいと思っている。

それにしてもお粗末な大臣だ。池江さんへのコメントを求められた桜田義孝五輪大臣が、一連のコメントの中で「がっかりしている」「盛り上がりが若干下火にならないか、心配している」などと言っていたことだ。

池江さんへのいたわりや思いやりなどがあることはうかがえるものの、金メダルがすぐに出てくるとは、大臣としての資質はもちろん、人間として信じがたい発言だ。

政治家は、言葉が全てだ。桜田大臣は、担当する所掌であるオリンピック憲章も読んだことがないのだと言う。こういう人が大臣なのに安倍首相は適任という。政界(政治家)の政治姿勢も言葉も劣化が深刻だ。



救えるいのちを救えない事件が後を絶たない。なかでも千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)ちゃんが父親の虐待で死亡した事件は衝撃的だ。

心愛ちゃんが、学校を信頼して訴えたアンケートによる「お父さんからぼう力を受けています」の真実が、「お父さんにたたかれたのはうそです」「じどう相談所の人にはもう会いたくない」の不自然文書に気付きながら、いのちへの対応を怠った。

この間に、市教委は、心愛ちゃんが書いたアンケートのコピーを父親に渡し、児童相談所は心愛ちゃんを一時保護してきた。心愛ちゃん自身も学校で児相相談員と面会したときに「父親からのメールで書かされた」と言っていたのだという。

虐待されていることを虐待されていないと書くこと自体が虐待であるにもかかわらず、逆上した父親に大人社会が対応できず、加担するような社会になってしまっていた。反省するだけではとてもすまされる出来事ではない。

児童相談所の虐待相談対応は、毎年増え続き年間13万件を超えている。安倍首相は、専門職を増やすというが、学校も、教委も、児相も情報把握、管理によるいのちへの自覚がより一層求められる。

社会構造が変化する中で、少子化や女性の社会進出、シングルマザー増など、子育て環境が大きく変化している。政治をはじめ、関係機関の対応・対策や連携が遅々としている。

子育て相談の充実など、大人社会の責任は大きい。特に学校(教員)は、子どものいのちを護り、救う役割が大きくなっている。
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今日のおまけは、やっと春便りをもって来た我が家の白梅。自然の春夏秋冬は、放っておいても繋がっていることが目に見えてわかるが,社会のつながりは、それぞれの意思が繋がらないことには始まらない。生き切れる社会をどうすれば取り戻せるだろうか?

「私たち」の社会が「私」の社会になる危険=平成から次の時代に向けて

平成が終わる日まで、今日で100日を切った。時が途切れることはないが、次の時代に向けての社会像を考えてみたい。

経済格差は、市場万能のグローバル化の進展とともに拡大した。自立性なき市場が新自由主義や新保守主義を闊歩させ、他者への想像力を失わせ、格差と貧困を世界中に拡散させた。

そして「自己責任」が強制され、乗れない人に対して名ばかりの自立支援。が、格差や貧困が多様化し、ネット右翼やヘイトスピーチ、ナショナリズムが台頭する一方で議会制民主主義が危機的状況になっている。

経済格差は、結婚相手や学力、健康格差などに影響し、裕福な人は裕福な人と結婚し、地価の高い地域に高価な住宅を建てて暮らしている。また困窮者はストレスを伴う健康格差で追い詰められている。

格差拡大がこのまま進めば、富める人はより富める生活で貧しい人は貧しい人と結婚し、優秀な子どもでも十分な教育が受けられない、収入がないため医療を我慢するなど、格差社会が固定化されてしまう。

子どもを社会が育てるどころか「自分さえ良ければ」の社会がますます進行し、「貧困は自分には関係ない」と自分勝手で他人に無関心な社会、すなわち「私たち」の社会が崩壊し、「私」の社会になっている。

今、地域社会では、共同体の衰退が続いている。グローバル化が消費を通じて生活に入り込み、地縁、血縁を衰退させ、近年は雇用の流動化が会社共同体(職場社会)までもつながりを薄くしている。

そして、宗教でも檀家離れや葬儀の小規模化、終活活動の進展など、将来不安とともにやつながりや関係づくりが変化(多様化)してきた。

つまり、共同体の衰退が孤立や孤独、弱者への思いやりや配慮を失い、人間同士が憎しみ合ったり、いがみ合ったり、弱者が互いに非難し合うような対立・分断社会をつくっている。

問題は、なぜ、こうした対立。分断社会がつくられ、弱者同士が攻撃し合わなければ生きていけないのかだ。誰かをやっつけて負かせばすむことなのか、をよく考えなければならない。

自分が勝って、敗者をより困難にすれば自分は満足するのか。社会が良くなるのか。そして自分が幸せになれるのか。未来への展望が開けるのか。よく考えなければならない問題だ。

つまり、困難な立場にいる人や状況に正面から向き合い、同じ仲間として、すなわち「私たち」として対立や分断の亀裂を埋めることが最も重要だ。

こうした折、2019年度の年金が賃金や物価上昇に見合う0.6%増になるはずだったが、マクロスライドが適用され0.1%増に抑えられることが決まった。が、政府からはていないな説明がない。

年金制度の維持が目的のマクロスライドだが、制度が維持されれば年金生活者の生活が安定するものではない。こうしたことが続けば年金生活者の困窮化は避けられず、生活保護が増え世を悲観する人も増えるだろう。


最近の国際社会では、国家の誇りやナショナリズムを強調する傾向にある。日韓では、互いがもっと強硬な外交姿勢を取るべきだという人も目立ってきた。内政が上手くいっていないときに、敵対心がより強くなるのは世の常。

トランプ大統領には、そうした傾向を見る。独断と専制主義で民主主義を軽視するばかりか、民族主義や人種差別主義で自分は良いのだが、他人が悪いという傾向があり、世界の政治経済を混乱させている。

米中貿易戦争は、ハイテク、金融、経済を巻き込んで覇権争いになってきた。覇権争いは、国際社会を対立と分断させる。その結果、秩序ある社会と平和が崩れ、対立が激化したときにはどうなるか。心配が尽きない。

米中の狭間にある日本は、政治的には日米同盟、経済的には日中貿易が核になる。国際社会では日本の役割に期待が大きい。期待に応えるには、多様性を認め合い、忍耐と寛容で、何事にも関係性を持つ「私たち」の社会づくりへの基本姿勢が重要だ。


「私」の社会が進めば、自己都合や自分勝手が進み、「自分さえ、自国さえよければ」で、挙句には「嘘」までついて他人を欺き、だましあう。こんな社会にしてよいはずがない。

わが国が国際社会で存在感ある立場で主張し続けるには、多様な価値観を包摂し、安心・安全を基盤とする「私たち」の社会を揺るぎないものに進展させなければならない。それも確信をもって進めることが大事だ。

今日のおまけは、冬の寒さに耐え健気に、控えめに咲く我が家の椿。そして今日のスーパームーン。
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いつの時代でも理念が大事

最近は、トランプ現象なのか、自国第一主義やナショナリズムの傾向が強まっている。

「理念で飯が食えるか」と言って、理念よりも利益があるかどうか、得をするかどうかが問われ、”利他”という言葉は忘れているようだ。

その代表はトランプ大統領。自分に都合の悪い報道には「フェイク(偽)」と言い、真実がどうであれ自己都合で決めつける。理念も無視し、常に自分の選挙優先で公約と支持者を特別に大事にする。

だから輸出大国の中国との貿易摩擦も自分勝手で自由貿易を自分貿易にし、対立から覇権争いに発展しそうだ。そして最近はロシアが加わり、三国で強権強国の覇権争いをしている。

このトランプ大統領に盲目的に過剰追従する姿勢の安倍首相。経済的弱者、性的少数者、子供、高齢者への配慮は薄くなり、時によっては無視される傾向になっていて、格差と分断が強まっている。

今は歴史の分水嶺にあるような状況だ。が、国民のほとんどが無関心に思える。まさに政治離れ現象が拡大している。


安倍首相は、今年も年頭記者会見で「憲法改正の議論を深めたい」と言っていた。2017年の憲法記念日には「2020年には新しい憲法が施行される年にしたい」と言っていたが、先日は「気持ちは今でも全く変わらない」とも。

安倍首相の持論は、9条に自衛隊の存在を書き込むこと。「自衛隊を明記しても何も変わらない」とも繰り返す。そして、これを具体化した自民党改憲案を、年内にも国会に示したいらしい。

首相が繰り返す「自衛隊は何も変わらない」ならば、あえて明記する必要がないし、何のために変えるのかがわからない。自衛隊を明記して”何も変わらい”ということが本当にあり得るのかが大疑問だ。

それとも安倍首相が言う「自衛隊を明記しても何も変わらない」は、お得意の「新しい解釈」で説明するのだろうか?嘘や世論操作があるような改憲は絶対に許されるものではない。

米中露の覇権争いが激しくなる様相の中で、我が国の憲法は、世界に誇る「平和主義」「非戦」の理念を持っている。憲法は国民参加により多面的に理念を大事にした議論を展開して欲しいものだ。


韓国の文在寅大統領が新年の記者会見をした。韓国最高裁が賠償判決した元徴用工問題をNHK記者が質問した。質問に「日本の政治家らが政治争点化するのは賢明ではない」とおかしな答えをした。

文大統領は、日本の植民地支配に起因した問題で、日本政府には謙虚さが必要だという。その上で、日本企業に賠償を命じた判決は司法判断だから三権分立の趣旨から、韓国政府は司法判断を尊重するのだという。

しかし、 日韓両国は1965年の日韓基本条約とこれに伴う請求権協定を締結し補償を含めた経済協力金で清算した。すでに決着している問題を歪曲して自分の都合がよいように言っているとしか思えない。

韓国では判決を受けて日本企業の財産差し押さえ手続きを進めているともいわれている。これも日本からすでに支払われている協力金を韓国が国内で適切に処理(分配)すれば済む話だ。

韓国最高裁判決後、慰安婦財団解散問題や韓国海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題など次々に課題がでているが、解決する見通しがない。法治国家とは思えない、大統領が国際法を理解しない外交姿勢には呆れる。

経済や安全保障などで協力し合うべき隣国同士が政治利用で非難しあい緊張を強めてどうするのか?日韓関係が悪化して得をするのは誰か?よく考えてほしい。いつの時代でも理念なき外交は将来に禍根を残す。

政治家は何のためにいるのか。健全な関係を強化するため、日本政府には韓国政府に納得いく説明を求め、国際法に則った法治主義の徹底と対立回避、友好関係増進に外交努力して欲しい。

今日のおまけは、寒さに負けず春到来の咲始めた我が家のスイセン
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追記
2004年からのオリンピックで3連覇し、2012年に国民栄誉賞を受賞した女子レスリングの吉田沙保里さんが現役引退を発表(8日)し、「レスリングは全てやりつくしたという思いで引退を決断した」と述べた記者会見が10日にあった。記者会見でも堂々と自らの考え方を述べ、「政界には関心がない」とも。これにはほっとした。清々しくさわやかで凛とした会見に誰もが見入ったのではないだろうか。霊長類最強の女子と言われてきたが、会見ではきれいになった女性らしい姿が印象的だった。33年間の長きにわたりレスリング一筋でお疲れさまでした。そして多くの感動をありがとうございました。今後の人生に幸多いこと祈ります。

時代の転換期にあって

あけましておめでとうございます。今年が安心して暮らしやすいよい年になることを願っています。そして自然災害がないことを願います。
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今年は平成時代が終わり、5月からは元号が変わります。が、明確な境界があるわけではありません。時は継続しています。いま世界は混沌が続いています。国内でも様々な課題を抱えています。
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画像は難を転じると言われる我が家の「南天」です。難しい時代にどのように立ち向かえばよいのでしょうか?今までの常識が誤っているのでしょうか?壊れてきている社会をいかに取り戻すことができるのでしょうか?悪い”嘘”はまだ蔓延するのでしょうか?市場万能主義が横行し、格差と貧困がまだ拡大するのでしょうか?
私たちの思考は、いつの間にか”上から目線”になっていませんか?自立支援が、いつのまにか強制や抑圧になっていませんか?
日本も集団的自衛権などの安保法制により、いつの間にか戦争ができる国に進んでいくようでなりません。国権の最高機関、国会が内閣の下請け機関に見え、議会制民主主義も機能がマヒしてきているように思います。信頼が崩れ制度も形骸化して他者への思いやりや慈しみが失われてきている感がします。
”今さえ””自分さえ””カネさえ”の政治や社会を変えなければ、庶民の暮らしは良くならないのではないでしょうか。難しいことですが、今年も”しあわせ”を考える年にしたいと思います。
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画像はお正月の縁起物、我が家の「万両」です。今年もよろしくお願いいたします。